東京高等裁判所 昭和26年(う)1937号 判決
原審第一回公判調書によれば証拠調に先立ち検察官は未だ証拠として採用されていない論旨の指摘する各物件を被告人に示して質問をなしていること及び裁判官も之に引き続いて同様右の物件に関連する質問をなしていることは所論の如くである。そこで先ず証拠調前における被告人に対する質問は絶対に違法と考えなければならないかどうかについて按ずるに刑事訴訟法第三一一条は被告人が任意に供述する場合には裁判長は何時でも必要とする事項につき被告人の供述を求めることができるし検察官も亦裁判長に告げて同じくその供述を求めることができる旨を規定しているところから推せば同法第二九一条第二九二条によれば裁判所は被告人及び弁護人の被告事件についての陳述を聴いた後直ちに証拠調の手続に入る旨を原則としているけれども、その間に於て事件の争点を明瞭にするためになす質問或は証拠調の限度、順序、方法等を決めるためになす質問であつて裁判所に事件につき偏見又は予断を生ぜしめる虞のない程度のものはこれを適法の処置として肯認すべきものと謂わなければならない。
そこで本件について調べてみると前記公判調書によれば右の質問は検察官の起訴状朗読、裁判官の被告人の権利保護のための黙秘権等の告知、被告人及び弁護人の公訴事実に対する意見弁解の陳述、検察官の冒頭陳述及び証拠申請のあつた後はじめてなされたものであつて、検察官の質問の内容は単に証拠物として取調を請求した板、一升びん、油差等が本件火災発生当時何処にあつたものであるかを被告人にたしかめているのに過ぎないのであつてこの程度の質問は裁判官に偏見又は予断を生じさせる虞は少しもないのみならず検察官としては被告人の答弁如何によつては更にこれ等物件の押收の日時、場所等を立証しなければならないのであるから必ずしも無用の質問とは認められない。勿論かくの如き場合にあつても刑事訴訟法第二九六条但し書の趣旨に鑑みれば検察官において証拠として取調を求める意思のない資料に基き質問をなすが如きことは許されないところであるけれども本件においては検察官は前叙の如く既に右各物件を証拠物としてこれが取調を請求しているものに係るのであるから固より違法の廉はない。次に裁判官の被告人に対する質問について考えるのにその内容は前記公判調書によつて明らかな如く被告人に対し単に前記各物件が平素如何なる用途に供せられていたか及び本件火災当時におけるそれら物件の状態をたしかめているに過ぎないのであつてこれらの問答によつて裁判官が事件につき偏見又は予断を生ずるが如き虞は少しも存しないと謂わなければならない。なるほど被告人は右の裁判官の質問に応じて自己に不利益な供述をなしているけれども裁判長から黙秘権、供述拒否権を告げられているのに拘らず自ら進んで論旨摘録の如き供述をなした場合裁判官は敢えてこれを中止させる必要はないものと解すべきである。蓋し被告人の供述を求めることはそれ自体は証拠調ではないのであるから仮令その供述が自認或は自白であつてもそれは刑事訴訟法第三〇一条の制限を受けず即ち犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後であることを要さないものと解すべきであるからである。
(中略)
それゆえ原審の訴訟手続には所論の如き違法はないから論旨は理由がない。